ミライへのタネ
-Pay it Forward-
ACADEMIA

「人生のものさし」

みなさんお元気ですか?

今週もあっという間に終わってしまいましたね!

突然ですが、実は今週の水曜・木曜、人生初の「宿泊人間ドック」に行ってきました。

今まで普通の健康診断は毎年受けていたのですが、人間ドックを受けたことはありませんでした。

でも、気づけば僕もアラフォー・・・。

職場の同じ年代の方々、そして友人にも癌や健康問題が発生してくる年齢になってきました。

日々多忙なこともあり、いつもストレスのかかる仕事でもあります。

仲良くしている大学職員の方々に「今くらいの歳で一度は宿泊人間ドック受けておいた方がいい」と勧めをいただいたこともあり、一大決心で申し込みました。

  • これで問題が見つかったらどうしよう・・・。
  • 胃カメラなんて10年以上飲んでない・・・。
  • 大腸カメラ・・・そもそも何されるの!?

あまり何も考える時間がない中、気づいたら検査日になり、センターに来ていました。

宿泊人間ドック1日目

  • 胸部レントゲン検査
  • 肺機能検査
  • 血圧測定
  • 採血x3(糖負荷の検査含む)
  • 問診
  • 栄養問診
  • 安静時心電図検査
  • 身体測定・腹囲測定
  • その他視力・眼圧・聴力など

そして運命の人生初の「大腸カメラ」がやってきました。

まず、職場の人が呼ぶ「運命の浣腸部屋」というところへ誘導されました。

そこで事前処理をした後、暗い「内視鏡部屋」へ。

そこから先はあまり覚えていません。

意識が遠ざかる中、天の声のように遠くの方で「何も変なものありませんでしたよぉ〜」という言葉だけが脳裏に残っています。

それからしばらく食欲はありませんでした。

なんとも言えない喪失感だけがありました。

人は色々なものを体に突っ込まれると食欲がなくなると知りました。

宿泊人間ドック2日目

腹部超音波検査を終えた後、今度は胃カメラ検査。

以前胃カメラを飲んだのは10年以上前のこと。

氷のような気持ちの悪い物体を舐めさせられ、それだけでオエっとしました。

鎮静剤を打たれ、また暗い「内視鏡部屋」へ。

「鎮静剤効いてないんじゃないの?」っていうくらい意識がはっきりしていました。

同僚は「胃カメラはスーって入ってきて楽だよ」って言っていました。

・・・全くの嘘でした。

「ヨォ! 俺、胃カメラだけど!」と言わんばかりにカメラがだいぶ主張して口の中、食道、胃の中へと入ってきました

・・・キツかったです。

同時に胃カメラ検査をしていた他の二人は、鎮静剤の効果なのか終わった後ぐったりしていました。

僕は終わった後、眠くもならず、フラフラもせず、ただ待合室へ戻っていきました(やっぱり鎮静剤効いてなかったんじゃないかな)

とりあえずそんなこんなで、人生初の宿泊人間ドックが無事終わりました。

一言で言えば・・・何か「新しい世界」を見た気がしました。

結果は、基本的に問題なし。よかったです。

毎日健康に気をつけて生活をしているのは無駄ではなかったと実感しました。

「人生のものさし」

病気をした時、そして今回のように「健康」と向き合う機会があるとき、改めて思うことがあります。

自分の「人生のものさし」はなにか。

これまで一生懸命、仕事に打ち込んできました。

講義はいつも真剣勝負です。

何年も同じ科目を教えるようになっても、毎回の講義の改善、リハーサルを行い、自分ができる限り最高のパフォーマンスで講義を学生に届けられるように時間・努力をしています。

研究にも本気で取り組んでいます。

僕だけで完結する研究だけではなく、国内の他の大学の先生や海外の大学の先生とも多くのプロジェクトを抱え、できるだけいいアウトプット(学術論文)をトップクラスの国際ジャーナルに載せるように毎日必死でやっています。

大学の学内業務にも、自分のできることに関しては労を惜しまず、慣れないことも一生懸命やっています。

普段このように全身全霊で働くことが「当たり前」であり、あたかも「それ以外の選択肢がない」かのような感覚で毎日を過ごしています。

僕の周りの先生が基本ワークホーリックという環境要因もあるでしょう。

そして、結果も出してきました

その上で、病気をした時、そして今回のように「健康」と向き合うときに、自問自答することがあります。

  • 果たして、今の生活が本当に正しいのか?
  • 目の前の仕事だけを一生懸命やっていれば正解なのか?
  • 生産性を爆上げし、やれる量を増やし、それをこなしていけば「できる人」なのか?
  • そもそも「できる人」って誰が決めるのか?
  • そして「できる人」になれたからって、自分の人生が本当にハッピーなのか?
  • 他人が決める「ものさし」で測定され、他人が自分を認めてくれることでハッピーと感じているだけなのではないだろうか?

自分がハッピーかどうかという「ものさし」を持つこと。

そして、できるだけその「ものさし」で意思決定を行い、毎日を生きていくことが本当に「充実した人生」になるのではないだろうか。

仕事を一生懸命にこなし、職場で評価されることがその人にとって本当にハッピーなのであれば、それはそれでいいと思います。

ただ、みんながみんなそうである必要もないと思います。

自分がハッピーになれるかどうかで動く。

もしくは、自分がそこにハッピーの種を見出せるかどうかで動く。

多くの仕事をこなすのがハッピーなのであれば、その道をいく。(ただし、周りに文句や愚痴を言うとすごくカッコ悪いです。自分が好きでやっているはずなので。)

仕事に忙殺されるのが嫌なのであれば、仕事量を減らす。

仕事量を減らせないのであれば、職場を変える。

まずは、自分の人生で「何が自分をハッピーにしてくれるのか」見つけてください。

そして、「自分がハッピーになれる時間」を持つことのできる人生設計をする。

コロナで社会環境が変わり始めている今だからこそ、今までの「ものさし」を見直し、「自分のものさし」に置き換えるのもいいのではないでしょうか。

我々は、自分で自分の人生に「制約」や「限界」を作っています。

  • 家族がいるから
  • もうこんな年だから
  • 地方に住んでいるから
  • 他に今ほどいい仕事がないから
  • お金がないから
  • 社会人なのに大学院に行くのは難しいから

その「自分で作った」制約や限界を「変わらない理由づけ」として、自分が蝕まれているということを知りながら、今の環境に居続けます。

それが心地よい人はそれでいいです。

でも、中には心地悪い人もたくさんいるはずです。

我々の人生って、本当はもっと自由なんじゃないかなと思います。

ということで、来週から少し「働き方」について変えてみようと思っています。

まずは、仕事環境を変えることから始めてみたいと思います。

具体的には「研究室と家以外で仕事をする」

どこか・・・自然の中です。

大学・研究室に朝から晩までずっといるからと言って、何かいいものが生まれるわけではありません。

自分で作った「枠組み」を一度外してみたいと思っています。

キャンピング場で仕事をしながら自然を楽しむ働き方があるということも知りました。

なので、講義がない日は、できるだけ大学へは行かず、自然の中へ仕事道具を持っていき、仕事をしてみようと思っています。

「ミライヘのタネ」も、そのうち自然の中で書くことになるかもしれません。

みなさんの中にも、毎日忙殺されたり、なんとなくモヤモヤしながら生活されたりしている方が多いと思います。

まず、「自分のものさし」作ってみてはいかがでしょうか?

そして、その「ものさし」をベースに、できることから1つ、2つと小さなステップでやっていくと、人生変わっていくのではないでしょうか。

毎日をハッピーにするのも、ハッピーにしないのも自分次第です。

最後にいつものフレーズを。

人生は毎日が宝探しです!

PAGE TOP